東日本大震災で大きな津波被害を受け、人が住めない地域となった仙台市荒浜。かつての住民たちが点している小さな「明かり」が、今でも荒浜をふるさととしてつなぎとめている。【仙台市荒浜】

人の営みが消えた町

日没後、仙台市街と仙台市内唯一の海水浴場である深沼海岸を結ぶ宮城県道137号線を深沼海岸方面へ向かうと、仙台市街から連綿と続いてきた明かりが荒浜交差点を境にプツリと途絶える。

東日本大震災で津波被害を受けた仙台市東部沿岸地域の一部は、仙台市が住宅の建築ができない「災害危険区域」に指定。荒浜も人々の生活とそれを支える明かりが消えた地区のひとつだ。

荒浜地区では防風林を挟んで約740世帯の住宅が海に隣接していた。津波は防風林をなぎ倒し、人々の生活を丸呑みにした。荒浜での震災による死者は186名に上る。

喪失の上に灯る新たな日常

災害危険区域の指定後、仙台市は区域内の土地を買取り住民の防災集団移転促進事業を進めてきた。多くの住民がふるさとでの現地再建をあきらめざるを得なかった一方で、荒浜での再生の道を居住以外の方法で模索してきた人たちもいる。

2012年11月、貴田慎二さんはかつての自宅跡に住宅基礎を利用したスケートパーク『CDP』をオープンした。パークにはインターネットやスケートボードショップを中心とした口コミでスケートボード愛好家が集まる。営業は20時迄、日が暮れると発電機で電灯を点す。一面の暗闇の中に孤独な明かりが浮かび上がる。

CDPとは『Carpe Diem Park』の略。「未来よりも今この瞬間を大切にする」という思いを込めた。「また住めなくても、荒浜がこれからも地元の人たちの取り組みが続けられる土地であってほしい」と、貴田さんは話す。

明かりは人の生活を満たし、人の心も満たす。明かりを点すことは喪失や孤独、あらゆる空しさへの反逆でもある

ふるさとの明かり

8月14日、CDPを会場に夏祭りが開催された。企画したのは荒浜小学校と七郷小中学校の卒業生を中心に荒浜での場づくりを続けてきた『HOPE FOR project』。キャンドルの明かりに照らされたステージでは、荒浜小学校の卒業生でもある佐藤那美さんがライブを行い、震災後久しぶりに荒浜に戻ってきたという人も含め、多くの人がその歌声に聞き入った。

HOPE FOR project の代表、高山智行さんは「震災以降、荒浜に人が集うことがなくなった。荒浜に思いを寄せてくれている人を迎え入れる機会が一年に何回かでもあればなと思いました」と、夏祭りの企画意図を語った。

震災から5年半が経過し、荒浜では住民それぞれが新生活へと踏み出しかつての地域コミュニティはバラバラになった。それでも、地元の人たちが点す小さな明かりが荒浜をふるさととしてつなぎとめている。

荒浜の一面の暗闇の中に、CDPの孤独な明かりが浮かび上がる